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life

柏野健三の人生論

★ 人間は、何のために生きているのか。古来繰り返される問である。明確な答えは、自ら見出す以外にない。どうも、この答えは、死の直前に自分なりに答えが見つかりそうである。(17/09/09)

★ 知的能力が乏しい私には、生きるのが苦痛な時もあった。知力を必要とする社会は、とにかく私のような者には特段の努力と忍耐を強いる社会のようである。(18/09/09)

★ 人生の節目で、不思議と影響を与える人物が現れるものである。29歳で、妻に出会い、40歳で尼僧に出会い、59歳で新進の女性研究者に出会っている。29歳で大学に入り、研究者を志し、40歳でロンドンから帰国し、60歳で天命を自覚した。彼女らは私の思想と生活に影響を与え続けている。(4/10/09)

★ 人間の品性とはいかにして磨かれるのであろうか。大学勤務30数年にして、大学人の中で品性を感じさせる女性スタッフに出会えたのは、59歳のときである。彼女には、宗教的厳粛さが常に漂っている。その秘密は、家庭にあるようである。本人は、自覚していないようであるが、教祖のような雰囲気に満ちている。特に、母の影響は見逃せないような気がする。(4/10/09)

★ 私が好感を持てる女性は、ブランド製品をもっていない。つまり、彼女らがもつものは、彼女らの名前をつけて呼べば、それがブランドになるのである。(4/10/09)

★ 人を見かけだけで判断してはならないという。しかし、顔にはその人の思いが現れるものである。(4/10/09)

★ 大学教授に必要な資質は教養と凄みであると考えている。(4/10/09)

★ 公務で陰険な女性と相対さねばならない時ほど、人生において苦痛な時はない。若い同僚を妬み、常に足をすくおうと懸命の努力をしているのをみると誠に哀れでならない。険しい目つきと品のない口元から発する言葉は、美とははるかにかけ離れている。この時ほど時間の経過が遅く感じられる。(5/10/09)

★ どうしてこれほどまでに品性下劣な女性がいるものかと感心させられることがある。高学歴は品性を醸成しないのであろうか。教育はエレガンスを醸し出すと思っていたが、その逆もあるかもしれない。そのような女性に出会うとその日は暗い1日となる。(5/10/09)

★ 外面においても完璧な美しさを維持している女性は、やはり無条件で美しいと言わねばならない。聖書にもある通り、「美しい女は名誉をわがものとする」(箴言11:16)。齢を重ねるにつれて、美しいと賞賛できる女性に出会えなくなる。審美眼ができるからであろうか。しかし、出会えたとしたら、それは本当に美しい女で名誉をわがものとする女であるかもしれない。(5/10/09)

★ 私の周りに、挙止や言葉遣いの美しい女性がいる。清冽な顔立ち、閑雅な所作と心地よい声の響きに対する感動は、知り合って1年半経過するが、変わることがない。その秘密は、やはり家庭の躾であろうか。天上の女のようである。このような女性は、存在するだけで意味がある。(5/10/09)

★ 私の心から離れない人たちは、人生を真摯に生きてきた人たちである。しかも、幼少の頃から、常に日蔭者とされ、親からも疎んじられてきた人たちである。彼らの人生には凄みがある。(5/10/09)

★ 自分をキズ者だといって自己をおろそかにし、殻に閉じ籠ろうとする人がいる。しかし、キズを受けることによって人の悲しみを知ることができ、そのキズによって多くの人に愛されていることを知らない人も多い。(5/10/09)

★ 人生は闘いだとよく教えられてきた。確かに、そのとおりであろう。常に危険な斜面を登っている。しかし、闘いの相手は自分であることを忘れることがある。(5/10/09)

★ 晩節を汚すという言葉がある。この言葉は大学人にもあてはまっているようである。不信任をつきつけられても、なお辞任せず汲々としてその役職にしがみ付いているからである。武士の情けで自発的辞任が求められているにもかかわらず、品性下劣な輩には、情けは通じないのであろうか。(5/10/09)

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